社会が必要とされる建築家 |
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Bulletin 2000・1号掲載 |
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UIA北京大会参加 |
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宇野 武夫 |
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人民大会堂入口見上げ
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今回で5回目の中国訪問である。昨年5月に北京・西安・杭州・上海を
訪問した。今回は、6月22日より行われるUIA北京大会に参加し、
その後、西安・敦煌・上海を訪問するJIAツアーに千葉地域会から
鶴巻昭二、明智克夫、明智孝夫の三氏とともに参加した。私の目的は、
去年見られなかった人民大会堂と敦煌をみることである。
今年は機会に恵まれ、先月5年ぶりにアメリカとカナダを訪問した。
ニューヨークは見違えるほど街が綺麗で活気があった。
ワシントンDCは緑が多く整然とした街で移動が楽にできた。
特に隣のアレキサンドリアは良い印象の街である。
世界の2大国を2ヶ月の間に見られる幸運に感謝しつつ1年ぶりに
訪問する中国がどのように目に映るかがこの旅の最大の楽しみである。
貴重な時間を成田で費やし、北京に到着したのは現地時間午後11時
を過ぎていた。夜の薄暗い北京の空港は現在新空港を建設中で、
完成すると明るく便利な空港になると迎えにきた現地のガイドが説明
していた。車窓より建設中の空港ビルが遠くにぼんやりと見えた。
高まる気持ちを抑えながら夜の高速道路を市内に向かう。
北京での初日は人民大会堂で行われるUIA世界大会への参加である。
ホテルよりバスで長安街を天安門広場に向かう途中、多くの建設現場が
バスの窓越しに目に飛び込んできた。大規模な街区の再開発、
高層ビルの工事現場など熱気に溢れている。天安門広場に面した
天安門には、相変わらず毛沢東の大きな写真が掲げられていた。 |
天安門広場
早くも大勢の人が歩き、名物の交通整理のお巡りさんは
屋根付きの交通信号屋台の上で踊るような仕草で
交通整理をしている。天安門広場は建国50周年に向けて
改装工事中であり仮囲いがされている。
バスはそれでも広い天安門広場の駐車場に着いた。
広場の床は厚さ15センチほどの白御影石が敷き詰められ、
足下では1部悪い石を取り替えていた。これだけ広い広場を
厚石で敷き詰めるとはさすが石の国中国である。
薄くする加工賃を考えると運賃だけで済む厚石のほうが
経済的であるのかもしれない。3年ほど前に福建省の
廈門に錆御影石の検査に行ったことを思い出した。
割肌の仕様で打合せをしていたが着いてみると石の表面に
ノミを入れ、こぶだし仕上げになっていた。
東京の石屋にこれは違うよというと彼は香港の石屋に
それを伝え、次に中国の商社の人(実は中国の役人)に
話し、商社の人は吉林省長春から来たという北京語と
広東語の話せる通訳に話し、通訳は廈門の石屋に話し、
その石屋が村の石屋とその職人たちに話しをした。
テレビで昔見たお笑い番組を思い出し苦笑いした。
結局寸法が合わず、東京の石屋はすべての石を加工した。
このとき石山に上り中国の御影石の豊富さを実感し、
それ以来機会あるごとに使っているが、同時に中国人との
交渉の難しさ・文化の違いなどを痛感した。
話が横道にそれたが、去年は多くの人々で溢れていた天安門広場は今回はそんなことを思い起させる工事完成間際の
風景であった。 |

名物の交通整理のお巡りさん |
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人民大会堂 |
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人民大会堂内部
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広い道路を横切り正面に水平に広がる人民大会堂に向かう。
ここは、中国の国会議事堂である。正面には大きな石の階段があり、
その奥に太い円形の列柱が左右に5本ずつ建っている。
中央5ヶ所の入口に中国兵が立ち、個人の首から下げた写真入りの
カードを見比べて入館者を確認している。その奥では荷物の確認を
している。荷物は空港でのレントゲン写真と同じ装置で危険物のチェック
を行ない、人間は門形ゲイトを通り危険物の所持について確認された。
この空間を過ぎると両側に中国の関係者による案内、資料販売などの
カウンターがあり、その奥に広い吹き抜けのホール、さらにその奥が
会議場であった。
正面扉の両側や各入口で警備陣が入場者の確認をしている。
中に入ると昔の映画館の立席のような場所があり、その奥に席番号と
同時通訳装置のついた高めの木製テーブルと椅子が馬蹄型に広がって
いる。会場は大変広く、大勢の参加者で埋め尽くされている。
正面の壇上には、各国の国旗が並び、その前に横1列に各国の委員と
思われる人たちが並んでいた。かなり距離がありほとんど顔はわからない。
講演者席で挨拶をする姿を大型のスクリーンに映し出されている。
しばらくその席で場内の様子を見た後に招待状に示された自席に移動した。
すでに同行の3氏は着席していた
開会式のセレモニ−が終わり、次は基調講演である。
私は講演を聴きながら人民大会堂内を見学した。大変広い会議場である。
2・3階のバルコニー席は国内関係者や学生で溢れていた。
改めてこの会堂や長城を作る中国の技術に感心をした。
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銅車場
会議場を出ると陝西省の部屋があり、そこには銅車馬が展示されていた。
これは西安郊外の兵馬俑坑に本物があり、ここには複製品が展示されている。
兵馬俑坑ではガラスケースに入り、暗い照明の中でよく見えなかったが、ここではケースもなく照明も
良く、手に取るように見えた。中央に置かれた椅子の周りで省の役人がトランプ遊びに興じていた。
入館時に購入した建国50周年・人民大会堂完成40周年の記念誌「人民大会堂」を見ると、北京丁・
天津丁・河北丁など中国国内の各省の他台湾丁・香港丁など35室が個性豊かに紹介されている。
この会堂内には中国すべての省庁があることを理解した。夜会会場の広いバンケットホールでは、
白いテーブルクロスのかけられた数多くの円卓に各国の建築家が指定された席に着き、華やかな宴が
催された。ここはよくテレビニュースなどでお馴染みの中国首脳が外国の国賓を迎え会食する室である。
会堂内には、とてもよい絵がたくさんある。絵を見ていたら、中国の建築学生の4人組に声をかけられ
記念写真を撮った。中国中央部にある大学の建築学生と1人は先生のようである。絵の話をしながら
彼らを見ていると目が輝き、国・個人ともにこの機会に世界の建築家の仲間入りをしたいという気持ちが
よく表れていた。街では高速道路のガードに世界大会の大段幕がかけられ、新聞・テレビ・ニュースでも
報じられていた。人民大会堂を見て、広大な国土の中で10億人を超える人民をどのように統治して
いるのかという疑問と、人民大会堂の巨大な建築としての意味が少し理解できたような気がして
今回の旅の成果を感じることができた。この後、西安・敦煌・上海を経由して帰国した。
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レセプション会場風景 |
帰りの機内
この旅を通して中国の1年間での見違えるほどの変貌ぶりに感心をした。
また、国内各地で行なわれている建設ラッシュが、日本のオイルショックやバブル期にできた粗雑な建築の
再現にならなければと他国のことながら心配になる。
敦煌からの帰りの機内で隣席の中国人に、このスピードで行くと50年後の建国100周年には
世界のトップの国になりますねと言ったら、彼は目に涙して「USAが黙ってはいない」と話していたのが
印象にのこる。日本では、今や斜陽になった建築関係者も中国では向こう50年間ほどは、建国100年の
国土づくりに向け、社会から重要視され必要とされるようである。
帰りの機内で、我が日本の建築関係者や建築家は次の時代に社会から必要とされ、
高い信頼を受けられる職業になれるのかなどとぼんやり考えているうちに成田に着いた。
<(株)UCA・都市・建築設計事務所主宰>
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